冬歌昭和歌謡曲ベストヒット大全集
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昭和歌謡曲ベストヒット大全集

昭和の歌謡曲、フォークソング、ニューミージック、演歌、J-POPまで青春を過ごした名曲、ヒット曲、懐メロ。 昭和の良き時代を中心に90年代J-POPまで無料でPV動画やMP3が視聴できる『昭和歌謡曲ベストヒット大全集』で青春時代を想い出してみませんか?
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小柳ルミ子--『冬の駅』 

小柳ルミ子--『冬の駅
作詞:なかにし礼/作曲:加瀬邦彦/編曲:森岡賢一郎

「冬の駅」(ふゆのえき)は小柳ルミ子の13枚目のシングル。1974年10月10日にワーナー・パイオニアから発売された。
小柳ルミ子のシングル曲では、「わたしの城下町」「瀬戸の花嫁」「京のにわか雨」に続いて通算4作目となる週間オリコンチャート首位を獲得。なお、小柳自身オリコン週間1位の作品は当曲が最後となっている。

この曲で、同年の大晦日に放送された第25回NHK紅白歌合戦に出場した。


冬の駅:歌詞



橋幸夫--『霧氷』 

橋幸夫--『霧氷』
「霧氷」(むひょう)は、1966年10月5日に日本ビクター(現:JVCケンウッド)の音楽レコード事業部のビクターレコード(現:JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)より発売された橋幸夫の84枚目シングル。
作詞:宮川哲夫、作曲:利根一郎、編曲:一ノ瀬義孝
本楽曲で橋幸夫は第8回日本レコード大賞を受賞。橋は1962年にも「いつでも夢を」で第4回日本レコード大賞を受賞しているため、同賞を2度受賞をした初の歌手となった。また、同年の第17回NHK紅白歌合戦でも本楽曲が歌唱された。

本楽曲は、橋の師匠であり、かつ楽曲のメインライターでもあった吉田正により1964年頃から橋に提供されていた『恋をするなら』や『チェッ・チェッ・チェッ -涙にさよならを-』などといったリズム歌謡路線と一線を画す形で、宮川哲夫と利根一郎のコンビにより、一転して切ない男女の別れを歌い上げるムード歌謡的曲調で制作された曲である。
1968年時点での累計売上は105万枚。

「霧氷」歌詞
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アグネス・チャン--『冬の日の帰り道』 

アグネス・チャン--『冬の日の帰り道』
「冬の日の帰り道」は1975年12月10日発売。アグネス・チャンの12枚目のシングル。
作詞:小泉まさみ、作曲:小泉まさみ、編曲:竜崎孝路

冬の日の帰り道:歌詞
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トワ・エ・モワ--『虹と雪のバラード』 

トワ・エ・モワ--『虹と雪のバラード
「虹と雪のバラード」は、1972年2月に開催された1972年札幌オリンピックのテーマソングである。
作詞:河邨文一郎、作曲:村井邦彦
五輪開幕2年前の1970年、NHKは河邨に作詞を依頼する際に、

1.イベントが終わっても長く歌い継がれるもの。
2.オリンピックを待ち焦がれる札幌の人たちの心情を表していること。
3.重々しい式典風のものではなく、屋根裏の落第坊主がギターを爪弾いて歌え、なおかつ、何千人もの合唱に耐えうること。
の3つを要望した。
依頼を受けた当初はなかなか構想がまとまらず、河邨は2週間ペンが進まなかったという。

1971年2月から3月までNHK『みんなのうた』の「札幌五輪のうた」のコーナーで流された。1964年東京オリンピックのテーマ曲である「東京五輪音頭」や日本万国博覧会のテーマ曲である「世界の国からこんにちは」の例に倣い、この曲も複数歌手による競作となり、トワ・エ・モワ黛ジュン菅原洋一ピンキーとキラーズ佐良直美、トワ・エ・モワと同一の芸能事務所に所属していたジャッキー吉川とブルー・コメッツやスクールメイツなどが歌唱したが、最終的にトワ・エ・モワ版が定着しこの年の『第22回NHK紅白歌合戦』でもトワ・エ・モワがこの曲を歌った。
トワ・エ・モワ版『虹と雪のバラード』は1971年8月25日 に発売され、オリンピックの開催に合わせたように徐々に売上を伸ばし、オリコン・チャートの7位まで上昇した。売上は累計で60万枚に達した。

『虹と雪のバラード』歌詞


イルカ--『なごり雪』 

イルカ--『なごり雪
『なごり雪』 1975年11月5日リリース 作詞:伊勢正三 作曲:伊勢正三 編曲:松任谷正隆
元はかぐや姫の楽曲。
1974年、かぐや姫のアルバム『三階建の詩』の収録曲として発表された。
翌1975年にシングル発売されたイルカによるカバーバージョンがヒットを収め、以降、日本の早春を代表する歌の一つとして歌い継がれ、また、さまざまなアーティストによってカバーされている。
このイルカVer.は編曲が松任谷正隆、アコースティックギターは吉川忠英、エレキギターは鈴木茂、ベースは宮下恵補、ドラムは村上秀一の演奏によってレコーディングされれいる。
オリジナルとは一部のメロディが異なる。※イルカVer.は最後の「綺麗に」から「なった」までを溜める。

歌詞の中では東京の駅が舞台となっているが、伊勢正三本人は出身地である大分県津久見市の津久見駅をモチーフにしたと語っている。
2002年にはこの歌の世界観に対する独自の解釈に基づき、大林宣彦監督が大分県臼杵市でロケを行い『なごり雪』として映画化。このサウンドトラックのために伊勢正三が再録音、シングルとしても発売された。

「なごり雪」歌詞
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石川さゆり--『津軽海峡・冬景色』 

石川さゆり--『津軽海峡・冬景色
『津軽海峡・冬景色』 1977年1月1日リリース 石川さゆりの15枚目のシングル
作詞:阿久悠 作曲:三木たかし 編曲:三木たかし
2005年にNHKが実施した「スキウタ~紅白みんなでアンケート~」で紅組39位にランクインされました。
石川さゆりはこの曲で1977年の日本レコード大賞歌唱賞、FNS歌謡祭最優秀グランプリを受賞し、同年末のNHK紅白歌合戦への初出場も果たして、一気にスターダムへとのし上がることになります。
恋に破れて東京を去り、北海道へ帰郷するため、真冬の津軽海峡を連絡船で渡って行く女の辛い心情を哀調をこめて切々と歌った曲で、津軽海峡と港町青森、そして青函連絡船(1988年3月に青函トンネル開通で廃止)をも象徴する歌として、カラオケなどでも長く歌い継がれています。
なお、1995年(平成7年)7月には青森市の旧青函連絡船八甲田丸前、1996年(平成8年)7月には竜飛岬、と歌詞に登場するゆかりの地にそれぞれ歌碑が建立されています。

「津軽海峡・冬景色」歌詞
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吉幾三--『雪國』 

吉幾三--『雪國
『雪國』 1986年2月25日リリース 作詞・作曲:吉幾三/ 編曲:京建輔
1984年末から1985年にかけて『俺ら東京さ行ぐだ』がヒットしたことから、吉幾三には最初コミックソング歌手のイメージがあったが、『雪國』のヒットにより演歌歌手として本格的に認められた。
発売からほぼ1年後の1987年(昭和62年)2月、オリコン、『ザ・ベストテン』で第1位となり、オリコン通算300曲目の1位獲得作品になった。
発売から1年近くたってのヒットの理由については、レコード発売時期が吉幾三の出演するNHK大河ドラマ「いのち」に出演のため長期のロケでプロモーションが全くと言っていいほどできず、当初あまり注目されなかったためと吉幾三本人は述べている。

元々は栃木県那須のホテルであった宴会の席で即興で作った歌だったという。
最初は「好きよ あなた」という歌い出しが「だめよ そこは」という下ネタ満載の、とても放送できるような詞ではなかったが、その後レコード会社のディレクターからメロディーの良さを買われ、真面目な詞にして作り直すことを提案された。
その時、吉幾三はNHKの『新日本紀行』の中で雪煙をあげて走る奥羽本線の列車の姿を観て、「女の人が男の人を追う詞にしよう」と、今の詞を思いついたという。
イントロの印象的なストリングスは、当初エンディングに入れる予定だった。

「雪國」歌詞
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森昌子--『越冬つばめ』 

森昌子--『越冬つばめ
「越冬つばめ」1983年8月21日発売 森昌子の41枚目のシングル。
作詞:石原信一/作曲:篠原義彦/編曲:竜崎孝路
「越冬つばめ」は、シンガーソングライターの円広志が本名の篠原義彦名義で作曲を手掛け、森昌子はこの曲で1983年の『第34回NHK紅白歌合戦』に出場しており、歌唱途中で感極まり涙を流すシーンがあった。それから18年後の2001年の『第52回NHK紅白歌合戦』でも、自身ヒットソングメドレーの中で「せんせい」(1972年)と「哀しみ本線日本海」(1981年)のシングル曲2曲と共に歌われた。
TBSテレビ『ザ・ベストテン』では、翌1984年1月19日放送時に「今週のスポットライト」コーナーで出演している。

「越冬つばめ」歌詞
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紙ふうせん--『冬が来る前に』 

紙ふうせん--『冬が来る前に
『冬が来る前に』 1977年発売 作詞:後藤悦治郎 作曲:浦野直
紙ふうせん』はフォークグループ赤い鳥のメンバーであった『平山泰代』と『後藤悦治郎』は、同グループ解散後に結婚し、夫婦デュオとして活動を始め、1974年に結成。
『冬が来る前に』で1977年にメジャーヒットを飛ばし、1979年にスタートした朝日放送テレビの情報番組『おはよう朝日です』の主題歌『朝(あした)の空』は、15年間にわたって使用されていました。

「冬が来る前に」歌詞
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新沼謙治--『津軽恋女』 

新沼謙治--『津軽恋女
『津軽恋女』 1987年2月21日発売 新沼謙治の28枚目のシングル
作詞:久仁京介/作曲:大倉百人/編曲:若草恵
サビの部分は、太宰治の小説「津軽」の冒頭からヒントを得ており、「津軽には七つの雪が降る」との歌詞から「こな雪・つぶ雪・わた雪・ざらめ雪・みず雪・かた雪・(春待つ)氷雪」で締めくくっている。
新沼謙治はこの曲で1987年末の「第38回NHK紅白歌合戦」に出場し、2年連続11回目の紅白歌合戦となった。

「津軽恋女」歌詞
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