日本歌謡大賞昭和歌謡曲ベストヒット大全集
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昭和歌謡曲ベストヒット大全集

昭和の歌謡曲、フォークソング、ニューミージック、演歌、J-POPまで青春を過ごした名曲、ヒット曲、懐メロ。 昭和の良き時代を中心に90年代J-POPまで無料でPV動画やMP3が視聴できる『昭和歌謡曲ベストヒット大全集』で青春時代を想い出してみませんか?
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小柳ルミ子--『瀬戸の花嫁』 

小柳ルミ子--『瀬戸の花嫁
「瀬戸の花嫁」は、1972年4月に発表された小柳ルミ子の4枚目のシングルである。小柳ルミ子としては「わたしの城下町」に次ぐヒットとなり、2作目の週間オリコンチャート首位を獲得した。
作詞:山上路夫/作曲:平尾昌晃/編曲:森岡賢一郎
「わたしの城下町」同様、"ディスカバー・ジャパン路線"を踏襲する楽曲で"瀬戸内海"をテーマに製作された。瀬戸内海を代表するご当地ソングである。瀬戸内海の小島へ嫁が嫁ぐ様・心情と、新生活への決意が歌われている。曲の舞台が香川県小豆郡土庄町沖之島であるとする説もあるが、モデルとなった具体的な島はない。作詞の山上は瀬戸内海の島は訪れたことはないが、瀬戸内海は仕事で四国へ行く途中、水中翼船で何度も通ったことがあり、広島県尾道から四国に向かう水中翼船から見た段々畑と、美しい夕焼けの島々の景色が印象的で、それを思い浮かべ作詞をしたと話している。

2017年7月21日、作曲担当の平尾昌晃が79歳で肺炎により逝去。同年10月30日に平尾の音楽葬が営まれた際、参列した小柳ルミ子は終始嗚咽しながら弔辞を読み、また小柳ルミ子を始めとする歌手仲間達が「瀬戸の花嫁」を大合唱し、平尾の霊前に捧げていた。

小柳ルミ子本人が大澄賢也との離婚騒動が話題になっていた当時、この曲をもじった「瀬戸際の花嫁」という見出しが週刊誌に登場したことがある。後年小柳ルミ子はこの見出しについて、あれは実に上手いキャッチコピーだったと述べている。

「瀬戸の花嫁」:歌詞
koyanagi_rumiko_128x127.jpg小柳ルミ子 プレミアム☆ベスト シングルセレクション

1971年のデビュー以降、次々とヒットを連発し歌謡界で花開いた小柳ルミ子のシングル・ヒットから厳選、CD1枚に収めたまさに「ベスト・オブ・ベスト」と呼べる“究極の1枚"

森進一--『襟裳岬』 

森進一--『襟裳岬
襟裳岬は、1974年1月15日に発売された森進一の29枚目のシングル。
作詞:岡本おさみ/作曲:吉田拓郎/編曲:馬飼野俊一
「おふくろさん」、「冬のリヴィエラ」などと並び森進一を代表する人気曲の一つである。
第16回日本レコード大賞と第5回日本歌謡大賞の大賞を受賞した。
作詞は岡本おさみ、作曲は吉田拓郎というフォーク全盛期を代表する黄金コンビによる作品である。
ヒットした当時、襟裳岬のあるえりも町の人々はサビに登場する「襟裳の春は何もない春です」というフレーズに反感を持つ人も少なくなく、渡辺プロや作詞者の岡本宅への抗議の電話もあったが、やがて襟裳の知名度アップに貢献してそういった感情もなくなり、森進一はえりも町から感謝状を贈られた。
1997年にはえりも町にこの歌の歌碑が建設され、その記念に同年の紅白でも歌唱された。
フォーク界との融合による本作の成功は、以後の歌謡曲界に大きな影響を及ぼした。
本作以降、フォーク系シンガー・ソングライターが歌謡曲・ポップス系や演歌歌手に曲を提供するケースが目立って増えるようになった。
吉田拓郎も1974年のアルバム『今はまだ人生を語らず』でセルフカバーしている。
こちらは森進一のようなこぶしやしつこさはなく吉田拓郎の代表曲『旅の宿』のようなテイストのフォーク調の歌い方になっている。

「襟裳岬」歌詞
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尾崎紀世彦--『また逢う日まで』 

尾崎紀世彦--『また逢う日まで
『また逢う日まで』は、1971年にリリースされた尾崎紀世彦のセカンドシングル。
オリコンでは100万枚に近いセールスを記録し、1971年の年間第3位に輝いた。
作詞:阿久悠 作曲:筒美京平 編曲:筒美京平
尾崎紀世彦のダイナミックな歌い方は、デビュー当時から注目されていた。
第13回日本レコード大賞・大賞と第2回日本歌謡大賞・大賞を受賞。
リリースされて2ヵ月後にオリコンシングルチャートで4位に初登場し、3週後には1位を獲得し、9週間にわたり1位を守り抜いた。
尾崎紀世彦にとっては、この曲が唯一の1位獲得曲となった。
本曲は三洋電機のルームエアコン「健康」のCMソングの候補曲として作られたもので、筒美京平が作った曲にやなせたかしの歌詞を付けたものを槇みちるが歌ったが、スポンサー側の方針変更により最終段階でボツとなった。
その後、この曲に阿久悠が安保闘争で挫折した青年の孤独をテーマにした歌詞を付け、「ひとりの悲しみ」というタイトルで、コーラスグループのズー・ニー・ヴーにより1970年にリリースされたが、ヒットにはならなかった。
後日、3度目のリメイクの話が持ち上がり、この曲を歌うことになった尾崎紀世彦のために、阿久が新たに詞を書き換え「また逢う日まで」としてリリースされた。
なお、阿久にとっては初のレコード大賞受賞曲である。
アレンジ(編曲:筒美京平)が良く、特に動きの速いベースラインが印象的である。
日本で4年に一度開催されている『ワールドカップバレー』が初めて、日本で開催された1977年の『ワールドカップバレー'77』のテーマソングである。本曲はワールドカップバレーテーマソングの元祖である。
尾崎紀世彦は日本テレビ系列『速報!歌の大辞テン』の最終回(2005年3月23日放送)のトリ歌手として本曲を歌唱。歌唱前のトークにて、本曲について「未だに(自分は)歌い切れていない」と述べた。
尾崎紀世彦は晩年において、懐メロ番組での歌唱の際、サビの歌詞の歌い方を原曲に比べ大きく崩す場合があり、一部で物議を醸した。

『また逢う日まで』歌詞
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八代亜紀--『雨の慕情』 

八代亜紀--『雨の慕情
「雨の慕情」1980年4月25日発売 八代亜紀30枚目のシングル
作詞:阿久悠/作曲:浜圭介/編曲:竜崎孝路
シングルの総売上は「なみだ恋」に続き八代亜紀のシングルでは第2位を記録し、TBS系列『ザ・ベストテン』では唯一の登場曲となった。
前年発表した八代亜紀の「舟唄」が男心を歌にしていることに対し、同じく作詞をした阿久悠が女心を歌にしたものとされる。
阿久悠&浜圭介コンビによる、「舟唄」「港町絶唱」と合わせて哀憐三部作とされた。阿久悠によると、「舟唄」「雨の慕情」と徐々に評判を高めていき、最終的に「港町絶唱」で日本レコード大賞を狙うつもりであったようである。だが、結果的には「雨の慕情」が予想以上のヒットとなり、同賞のほか多くの音楽賞を受賞することとなった。
八代亜紀は1980年の『第31回NHK紅白歌合戦』の大トリで表題曲を歌唱した。
サビのところからリズムが入る際の、手のひらを天に向ける振り付けは、八代亜紀自身の考案。他の八代亜紀の歌の場合と同様、自然に出てきたものだと本人は言う。本作が当時の様々な歌番組で披露されると、上記の振付けが子どもたちにもウケてマネされたこともあり、世代を超えるヒットに繋がった。

「雨の慕情」歌詞


ピンク・レディー--『サウスポー』 

ピンク・レディー--『サウスポー
サウスポー 1978年3月リリース ピンク・レディー7枚目のシングル
作詞:阿久悠/作曲・編曲:都倉俊一
サウスポーは9週連続オリコンチャート1位の座を獲得
オリコンでは「渚のシンドバッド」、「ウォンテッド (指名手配)」、「UFO」につづいてサウスポーでもミリオンセールスを記録
この曲で4度目、4作品連続ミリオンセールスを記録しました。
最初にレコーディンされた作品は都倉俊一によるスローテンポで大人しい曲で、阿久悠も別の詞をつけていた。
しかし、ディレクターの飯田久彦が「これまでの作品に比べ、勢いがなく、面白みがない」として都倉俊一の新しい曲を持って来て阿久悠に歌詞の作り直しを願い出た。
翌日の夜にレコーディングという予定の中、阿久悠は深夜から新たな歌詞を創作。
阿久悠は最初の大人しい曲のまま世に出ていたら、ピンク・レディーの人気の失速のきっかけとなっていたかもしれないとしています。
歌詞に直接名前は出てこないが、発売当時通算本塁打数世界一の記録を作り、時の人となっていた読売ジャイアンツの王貞治を連想させる人物との対決の様子が歌われている。
阿久悠はこの曲がヒットした後、王貞治に会った際、「ぼくの歌をありがとう」とお礼を言われたという。
最初の歌詞には王貞治を連想させる箇所はなかったそうです。

『サウスポー』歌詞
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藤圭子--『圭子の夢は夜ひらく』 

藤圭子--『圭子の夢は夜ひらく
「圭子の夢は夜ひらく」 1970年4月25日発売 藤圭子の3枚目のシングル
作詞:石坂まさを/作曲:曽根幸明/編曲:原田良一
園まりなどが競作で歌唱した「夢は夜ひらく」が原曲である。

前作の「女のブルース」の後を受けて10週間連続オリコン1位にランクされた。また、1位「圭子の夢は夜ひらく」・2位「女のブルース」と2週間にわたり1位・2位を独占した。
レコード売上は累計77万枚(オリコン調べ)。公称では累計120万枚とされる。
藤圭子は本楽曲で第1回日本歌謡大賞を受賞し、年末の「第21回NHK紅白歌合戦」に紅白初出場を果たした。
「夢は夜ひらく」は八代亜紀五木ひろし美空ひばり西田佐知子など多くの歌手によりカバーされている。
この年の藤圭子は、「女のブルース」・「圭子の夢は夜ひらく」で18週間連続1位を獲得するという2曲以上でのオリコン1位獲得最多週記録を保っている(現在この記録は破られていない)。また、「女のブルース」・「圭子の夢は夜ひらく」・「命預けます」・「女は恋に生きてゆく」で42週間連続でトップ10にランクされた。

『圭子の夢は夜ひらく』歌詞


歌手名(50音順)
aiko
赤い鳥
浅香唯
天知茂
あみん
因幡晃
イルカ
H2O
EPO
岡晴夫
小椋佳
尾崎豊
雅夢
狩人
ガロ
冠二郎
岸洋子
class
globe
CoCo
小林旭
ZARD
堺正章
坂本九
THE ALFEE
椎名恵
城卓也
SHOGUN
SHOW-YA
少年隊
SPEED
芹洋子
千昌夫
園まり
平浩二
高樹澪
高山厳
Char
TUBE
津村謙
長渕剛
橋幸夫
PUFFY
林寛子
早見優
B'z
藤圭子
布施明
古時計
BOOWY
堀江淳
BORO
MAX
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